クラウゼヴィッツのナポレオン戦争従軍記
著者/クラウゼヴィッツ 訳/金森誠也 定価=2310円(2200円+税) 四六判 上製本 195頁 |
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孫子と並び称されるクラウゼビッツの戦記。 戦術はいかにあるべきか、名将の条件は何かなど、わかりやすく述べられている。 難解な『戦争論』の理解をおおいに助ける。現代の政治、軍事だけでなく、会社経営にも役立つ面白さがある。 |
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【著者紹介】クラウゼヴィッツ(1780-1831)はプロイセンの将校で軍事理論家。ナポレオン戦争に従軍し、その体験から戦争・戦術を理論的に分析、政治の一側面として捉え、位置づけた。現在の政治学や安全保障の面でも高い評価を受けている。 | ||||||
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【訳者紹介】金森誠也1927年、東京生まれ。東京大学文学部独文科卒業。日本放送協会勤務後、広島大学教授、亜細亜大学教授、静岡大学教授、日本大学教授を歴任。現在は著述家、翻訳家として活躍。著書に『ゲーリング言行録』〔荒地出版社)『人生論からのメッセージ』(PHP研究所)など多数。 | ||||||
クラウゼヴィッツのナポレオン戦争従軍記「はじめに」より 本書はカール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780−1831)の自ら参加した対ナポレオン戦争に関する書簡ならびに論文を訳したものである。その題名とその内容(括弧内)は次のとおりである。 一、 「一八〇六年十月の大戦争についての歴史的書簡」(イエナの戦い) 二、 論文 「一八一二年のロシアにおける戦い」(ナポレオンのモスクワ遠征) 三、 論文 「シャルンホルスト将軍の生活と性格」 四、 「妻への手紙」(ワーテルローの戦い前後) そのうち一から三は、 『クラウゼヴィッツ戦記選集』(一八八一 ベルリン)からとった。 四は、『クラウゼヴィッツの妻とグナイゼナウへの書簡集』(ナツィオン社 ベルリン)の中からワーテルローの戦いの記述を中心に訳出した。 クラウゼヴィッツは、「戦争とは、別の手段を用いた政治の継続である。」と述べた。これは彼の主書で彼の死後刊行された『戦争論』の中の有名な言葉である。彼は作戦の法則を政治にも関連した広い視野に立って執筆したが、特にこの言葉は、今日の軍隊のあり方、戦争の行方を判断する上に大いに役立つであろう。軍のシビリアンコントロール(文民統制)の重要さもほのめかされていると思う。 彼はまた『戦争論』のなかで「戦争は賭けである」と言った。しかし「いかに才能がある将軍でも二倍の戦力の敵に対して勝利を得ることは非常に困難である」と述べ、さらに「いたずらに奇計を用いて敵を急襲したりすることが愚策である」と言った。また彼は情報の重要さを早くから認識し、軍の指揮官は普段からもろもろの物事や人間のことをよくわきまえ軽率に誤った情報に振りまわされてはならないと諭した。 『戦争論』は彼の死後出版されてから注目の的となり全世界の軍事専門家ばかりでなく、レーニンのような政治家や、経済学者によって高く評価された。日本でも『戦争論』は大いに注目された。それは特に第二次世界大戦の日本の敗戦の原因がこの名著の中にくりかえしほのめかされていたからであろう。『戦争論』の翻訳書はさらに軍事関係者ばかりでなく企業経営の指針になると考えられ、財界人の中にはこれを座右の書とするものもいるという。 しかしたとえ翻訳に頼ってもこの大書を通読するのはなかなか困難である。そこで私はここに掲げたクラウゼヴィッツの論文や書簡は主著ほど理論的かつ構成的ではないが、彼の軍事思想の一端を知る上には、簡潔かつ実用的な価値があると思い、訳出する気持ちを抱いたわけである。 しかし彼が活躍した時代は、今より二百五十年も前のことであり、彼の暮らしたプロイセンも、色々と込み入った事情があったため、これらの手紙や論文も、たしかに簡潔であるが、直ちに理解するのはなかなか困難であると思う。そこで、彼の生涯を、その時代の動きを、特に対ナポレオン戦争の歴史を交えてまず紹介したいと思う。 (中略) 今日、クラウゼヴィッツの著作、特に『戦争論』が、洋の東西を問わず、多くの読者を魅了している。 なぜなら、クラウゼヴィツの観察は、戦術、戦略面のみならず、多彩な世界の諸現象に及んでいた。その中に文武両道に秀でた彼の人間的な魅力が十分に反映されているからであろう。 (訳者/金森誠也) |
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