「一本の線の両側」に噴出する未知のイメージとクオリア
赤津 侃
五十里雅子は自律的で新鮮な表現力で、確かな存在感をもった線と形象を創り出す。網膜に差し込んでくる衝撃力と同時に視覚に染み透ってくる絵画の吸引力を如実に感じさせる。
題名の『Antilha(アンティラ)』はポルトガル語の古語で「反対側の島」の意味だが、画家は一本の線の両側や周囲を行きつ戻りつしながら格闘する。思念と身体所作の軌跡ともいうべき線は自然体の成果で、一連のリズムと作者の呼吸を感じさせる。自在で多様な表情を込めた線の描き分けの集積と、それらの織り成す緊密なバランスは形態に力量と動静を与え、鮮烈極まる未知のイメージを噴出する。同時に、意識を流れ行く多彩な質感、脳科学の用語「クオリア」を感じる。
画家の表出する力と受け止める力が共鳴し調和する部分と総体は融合し、ときには位置関係が逆転する不安定な中で持抗し、呼応し合いながら連続し重層的な関係にある。それは部分を確かめることによって全体を知る構成だが、色彩を増殖させ、余白と色彩面をせめぎ合わせるスケール豊かな表現で、イメージ空間の進退感を呼び起こす。五十里は意識の深層にこぶりついた存在や精神を自在な線で紡ぎ出し、喚起力あふれる形象に転化してゆく。画面は内在する輝きに満ち、広がりと開放感と構築性と存在感を獲得し、あたかも小宇宙のさんざめくような無限空間に昇華する。
(あかつ ただし・美術評論家)
|